弁護士が依頼を受任しない場合
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医師・歯科医師・獣医師・薬剤師・助産師等の師業(看護師は除く)及び専門性と公益性が高い士業の内司法書士・行政書士・社会保険労務士については、応召義務または受任義務が法律で定められており依頼者の求めに対して正当な理由無く拒んではならない、とされています。司法書士については、簡裁訴訟代理等関係業務に関する業務については、受任義務がありません。
しかし、弁護士にはこの規定は有りませんので、相談や依頼を弁護士の意思で拒否することが出来ます。むしろ、依頼を拒否する自由があるといえます。また、その理由を告げたり説明する必要もありません。もちろん、受任拒否の理由を説明してくれる場合もありますが、利害関係が有ったり主務義務に反する場合には説明は期待できません。
それでは、弁護士が依頼を断るのどのような場合が考えられるのでしょうか。また、依頼を断られた場合の対応について考えていきます。
弁護士側の都合で受任しない場合
弁護士の思想・信条に反する場合
最初に、弁護士個人の思想、信条やスタンスに基づいて断る場合があります。
例えば、
- 消費者問題に取り組んでいる弁護士、公害問題・企業の不正問題に取り組んでいる弁護士は、企業側からの依頼には答えません。
逆に、企業法務に特化している弁護士は消費者側の依頼を引き受けない傾向があります。 - 犯罪者の弁護について、「犯罪を犯した者の支援・弁護は如何なる理由があっても行わない」ことを信条としている弁護士は、刑事弁護には携わりません。なお、手間だけ掛かって実入りの少ない刑事弁護は行わない、という弁護士もいます。
- また、女性弁護士の場合、性犯罪の加害者の弁護を引き受けないということもありえます。
等が有ります。
以上の理由が考えられる場合は、新たに相談や依頼する弁護士を探しなおさなければなりません。
利益相反に該当する場合
弁護士は、過去及び現在において受任している依頼者と利害が対立する相手方の依頼の案件を受任することを「利益相反行為」と言い、弁護士法第25条や弁護士職務基本規定で禁止されています。そのため、次の様な場合は双方からの依頼を受任することは出来ません。
- X及びY間で争いがある場合、過去及び現在の何れかの時期にXからの依頼に基づき事案の処理を受任してしていたにも関わらず、Yからの法律事務を受任または法律相談を受けること。
- X及びY間で争いがある場合、過去及び現在の何れかの時期にXからの依頼に基づき事案の処理を受任してしていたにも関わらず、Xを相手方とするZからの法律事務を受任または法律相談を受けること。
- 法人Aの代表取締役を務めるXの不正行為に対して、法人Aが損害賠償請求を行ったのに対して、法人Aの顧問弁護士がXの代理行為を行うこと。
- 相続問題で相続人当事者間で争いがある場合、利害が対立する複数の当事者、または話を纏めるために全員の取り纏め役を行うことは出来ません。
- 不貞関係にあったX及びYに慰謝料の請求をXの配偶者が求めた事案で、X及びYの代理人を一人の弁護士が受任した場合、後日x及びY間で争いが生じた場合は、利益相反に該当する場合がある。
この場合、予め取り決めを行っておく方が良い。
利益相反に該当する場合は、弁護士は職務上受任できないので、他の弁護士を探さざるを得ません。
弁護士の得意分野で無い場合
本来弁護士は、全ての法律分野を網羅して法的に解決することを職業としていますが、広告などで「〇〇専門弁護士」とか「〇〇のことなら〇〇弁護士事務所」と宣伝しています。ところが、専門としている内容は、債務整理、破産、離婚、相続及び交通事故等がほとんどです。これ等の法律事務は極一般的で体系化されており弁護士にとって特段難しい案件ではありません。特に債務整理は弁護士でなくても個人でも可能な比較的簡単な手続きで大量処理が出来て実入りの良い案件です。これ等を得意分野として謳っているのは、逆に「この程度しか出来()ません。」と公表している様なものです。
一方、大型企業倒産事案、医療過誤事件、知的財産権訴訟、IT関連事件、金融関係事件、入国管理関係事件、渉外事件、製造物責任事件及び先物取引事件等は専門性が高く一朝一夕に法的対応を習得できるものではなく、これらの事案の法的トラブルに巻き込まれた場合は、これらを得意分野とする弁護士事務所に依頼するのが望ましいでしょう。
これ等の事案に対しては、専門性が高いことから十分な知識と対応力を有していない場合は依頼を断られる場合があります。これ等の事案を専門に扱っている弁護士事務所は、実際に高度な法的対応が可能と判断しても良いかもしれません。
依頼者側の問題及びその他の事情で受任しない場合
勝てる見込みがない場合
弁護士が法的な視点から内容を吟味しても、明らかに勝てる見込みがなかったり、不利な条件が揃っており今から覆すことは不可能であると判断した場合は依頼を断られる場合が多くなります。勝てる見込みのない依頼を断る理由は以下の通りです。
- 明らかに敗訴が確実な場合は不当訴訟になる場合がある。
- 敗訴が多いと弁護士の評判。名声に傷がつくことを恐れる。
- 敗訴することで報酬が得られず、時間と労力を無駄にし、ひいては他の案件の遅滞を招く。
- 若い弁護士の場合は、過去に取り扱ったことが無く勝つ自信がない場合がある。
依頼者の納得いく結論に導くことが出来るかどうかは、弁護士の経験、資質に左右されることもあるので、他の弁護士に相談してから結論を出すのが良いでしょう。ほかの弁護士の意見を聞いた上で、勝つ見込みは無くても妥協点のハードルを下げれば和解の可能性がある場合や相手方の要求が過大である程度下げて解決できる、ということであれば進めてもらうということも有れます。
依頼者の拠出する金額を回収できない場合
弁護士に依頼することで発生する相談料、着手金、成功報酬等の弁護士費用の他、訴訟費用等を合計した金額を上回る金額の回収見込みが無く、依頼者にとtってメリットが得られないときには弁護士が依頼を受けることは少ないです。
金はいくら掛かってもいいし赤字でもいいから懲らしめてやりたい、という場合でも法律は私怨の道具ではありませんので難しいでしょう。
他の弁護士を当たる手段が有り、中には可能性に賭けて応じてくれる弁護士がいるかも知れませんが、徒労に終わる可能性が高いでしょう。
依頼者と信頼関係が築けない場合
「依頼者と信頼関係が築けない場合」とは、弁護士が依頼者の言動についていけない、理解できない場合等です。相談の段階で弁護士に見限られて受任して貰えないだけでなく、依頼を受任して事案解決の作業に入った後で辞任されるリスクもあります。
例として
- 過剰な金額的要求や民事事件なのに告訴してくれとか、刑務所に入れるようにしてくれ等と不当な要求をする。
- 証拠や必要な書類を指定した期日までに提出せず、有ると言った書類が実際は無かったり紛失したりしている。
- 弁護士に、財産を隠匿して破産をしたいとか、不法行為を求めてくる。
- 自分の都合で弁護士事務所に突然来たり、夜遅い時間帯に電話での相談を求めてくる。
- 人生相談と勘違いしているような依頼をしてくる。
等々です。これ等以外にも付き合いきれないという依頼者はいるでしょう。
弁護士から受任を拒否されたら自分は該当しないかじっくり考えてみるのも必要です。
弁護士への依頼を拒否されたら、別な弁護士を最初から探すことになります。なお、法律事務の途中で弁護士が辞任した場合は、単に弁護士を探しなおすといっても事情が変わってくるかもしれません。大都市の場合は、さほど影響はないかもしれませんが、地方都市の場合は前の弁護士が辞任して自分のところに駆け込んできたということが分かるので、事情や背景を調べると思います。そこで、依頼者の人格に懸念ありと判断されれば受任する弁護士は少なくなり、かなり厳しくなると思われます。